和道會空手について

 武の道は ただあら事とな想ひそ  
      和の道究め 和を求む道 

 
(大塚博紀 開祖) 
 


 
開 祖
 和道會空手は、大塚博紀
(AD1892-1982)開祖によって、伝統的な日本の武道である沖縄の首里手と神道揚心流柔術を統合し、和道流として創られました。後述するように、柔術の理念が統合された空手術で、しかも組手を重視した流派ですので、「体捌き」に更に「流す」「乗る」「往す」と云った技法が求められます。それらの技法は投げ技も含め、「基本組手」や「居捕り」と云った稽古体系の中に良く見られます。
 現在、様々な経緯から、和道流と和道会に分かれては居ますが、松濤館流、剛柔流、糸東流と並び、空手道四大流派の一つに数えられています。

 
和道の意味
 開祖は、「武の道は和の道であり、和の術である。天の道に背かず、地の理に逆らわず、人の道にもとらず、天地人の理道に和するのである。」と言われています。
 和道の字義には様々な解釈がありますが、ここでは四端塾としての解釈を記します。
 聖徳太子が「以和爲貴
(和を以て貴しと為す)」と言っています。この「和」を「わ」と読みがちですが、本来この「和」は「やわらぎ」と読むべきだと云います。これは、かつてご縁を頂いたことのある 大和古流廿一世 友常清仁氏*のお言葉です。これからすれば、和道會空手は「空手に先手無し」という「(やわらぎ)に至る道」の稽古と言えます。
 「空手に先手無し」は、居合道に於ける「鞘の内」です。
 「鞘の内」をよく「鞘の内とは氣力で相手を圧倒し、鞘離れの一刀で勝負を決するの意」とか、「刀を抜かずして争いを治める事」とか言いますが、そんな話しでもありません。
 ようは抜けば必殺。ならば、抜いてはならぬ…のです。
 事に当たって平常(びょうじょう)を保つ「心力・氣力・胆力」、抜く時は一撃で倒す「技(業)」、その心技を表す「体」を持つからこそ、敢えて自分から渦中に飛び込んではいけないのです。
 その心技体の域にまで達する努力が武の道、稽古の道、人の道。「空手に先手無し」にまで至らなくては道を目指した意味がありません。
 そして、大所、高所から物事を見、李下に冠を正さず、悠々と歩む…それが和道の意味する処だと思います。
 様々な失敗、失態があるのが人生。特に若いうちは尚更のことです。何をしても良いのです。仕方がないのです。
 ただ、それが悪しきことだと氣付いたら、反省して二度としないこと。それで良いのです。
 自分の恥に氣付くのも、修行の一端。和の道に至る一端です。
 歳を経ても、空手の道に限らず、世の中は知らないことばかりです。しかし、知らなければ技(人生)の上達(向上)はありません。判らなければ
(「判る」とは「できる」という意味ですから)、技は使えません。
 知らない事だらけなのです。ですから、知らないことは恥ずかしいことではありません。
 恥ずかしいのは、事に至った時に知ろうとしないこと。
 逆に云えば、恥を知らぬのが恥。ならば、恥を知るのも和の道に至る一端。

 
稽 古
 空手には、基本稽古と形(型)稽古、組手稽古があります。
 和道會では、「型と形」の相違を考え、「形」と表します。「型」とは鋳物の型であって、固定してしまって何の変化、応用もできません。「形」は生きた形であり、相手によって自由に変化するものだとします。つまり、相手から仕掛けられた技に変化対応、応用活用できない「型」では意味が無いということです。
 組手に於いては、神道揚心流柔術の影響がありますから「捌き」「流し」「乗り」「往し」「押し」「引き」「入身」「転身」などの技法の論理、習得が特徴です。相手と正面に当たるのではなく、自身の正中線を常に相手の攻撃線から外すと云う極めて合理的な技法になっています。
 因みに和道会は、稽古の一環として自由組手を取り入れた最初の流派でもありました。現在の組手稽古、組手試合の元祖というわけです。
 更に、それらで稽古する技(業)にも、「速い業と細かい業」があります。「和道の技は細かい」と云われるのですが、これは余分な力みを抜いて無駄をなくし、合理的に「技(業)」を使うので細かく見えるので、最短距離から「技(業)」が出るのでいきおい「速い業」となります。
 逆に言えば、「大きい業と無駄な業」とは、「大きい業」を使えば見た目には大変豪快で見栄えは良いのですが、実戦では実質的なキレもスピードもない見た目だけの「無駄な業」になってしまうと云う事です。
 形も組手も、見た目ではなく、実戦を想定している流儀です。



*昭和二十九年生まれ。大和古流は、敏達天皇の後胤と称する家系で、聖徳太子はその敏達天皇の子息として伝わる。家系図には橘諸兄や楠正成も登場する。
 日本古来の伝統に基づく、古代からの極秘儀式を継承し、礼法・香道・茶道・歌道から剣法・弓術と日本文化
文武百般の奥義を一人の身に修めると言う非情の家系。
 本来『一子相伝、門外不出』の掟を『日本文化と大和心を守護る』ため、公開に踏み切った掟破りの当主であ
る。
 1997年11月に、古代文化の国エジプト国の要請により、地球上の国々、民族の調和を祈念する『地球守護之矢』を放つ儀式をスフィンクスの前で執行した。
1998年3月にはフランスで、日本年の最後を飾る儀式を行った。